東京地方裁判所 平成11年(ワ)22054号 判決 2000年10月24日
原告
山内貴代子
被告
沼澤光喜
主文
一 被告は、原告に対し、金一九三七万二〇三六円及び内金一七六一万〇九四二円に対する平成五年二月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金四一三〇万五三七四円及び内金三八三〇万五三七四円に対する平成五年二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が、塗料を配達するため団地内に車両で進入し、配達後、車両の進行方向から出ようとしたところ、進行方向には車両止めがあったことから、後退して団地内から出ようとし、後退して進行中、団地内道路を横断中の原告に衝突したという交通事故について、原告が被告に対し、被告車両の運転者として民法七〇九条に基づき、また、被告車両の保有者として自賠法三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実(争いがない)
1 事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 発生日時 平成五年二月一二日午前一一時四〇分ころ
(二) 事故現場 横浜市磯子区洋光台五―五―一〇先路上
(三) 加害車両 被告運転の普通貨物自動車
(四) 被害者 歩行中の原告
(五) 事故態様 加害車が、工事用資材搬入後、横浜市営団地の中を南北に貫通する道路の北側出口から出ようとしたところ、車止めがあったため、前進を拒まれ、このため、南側出口方向に向かい後退運転中、道路横断中の原告に衝突した。
2 責任原因
被告は、車両を運転して後退するに際し、本件道路は団地内の道路であるから、とりわけ車両の左右や後方を注視しつつ、安全を確認して後退運転をすべき注意義務があるのに、後方の安全を十分に確認せず後退進行した過失があるから、民法七〇九条に基づき、また、被告は運転していた車両の保有者であるから、自賠法三条に基づき、原告の損害を賠償すべき義務がある。
3 結果
(一) 原告は、本件事故により、頭部外傷、胸部・腹部打撲、骨盤骨折、両側大腿骨骨折などの傷害を負い、磯子中央病院及び箱根仙石原温泉病院において、平成五年二月一二日から平成七年七月二八日まで、八九七日間入院した。
(二) 原告は、平成七年七月二八日症状固定となったが、左右下肢関節の機能障害及び骨盤骨変形障害の後遺障害が残った。
4 既払金
本件交通事故に基づく損害の填補として、原告に一一九六万〇九五五円が支払われた。
二 争点
争点は、原告の後遺症の程度、原被告間の過失割合、原告の損害額であり、原告及び被告の主張は次のとおりである。
1 後遺症の程度
(一) 原告
原告は、本件事故により、左右下肢関節の機能障害及び骨盤骨変形障害等により著しい運動障害を残し、車椅子で移動し、入浴にも介護が必要な状態であり、少なくとも後遺障害等級第七級相当の後遺障害を負った。
(二) 被告
本件事故により、原告が負った後遺障害については、自動車保険料率算定会において、併合第八級との認定を受けている。
2 過失割合
(一) 被告
本件事故発生場所が住宅街であり、誘導員がいなかったという事情があるとしても、歩車道の区別があり、また、原告の長い斜め横断という事情を考えた場合、原告の事情により、被告車のバックブザーの警音は考慮に入れないとしても、原告の過失は一〇パーセントが相当である。
(二) 原告
本件道路は、入口に車両進入禁止のポールが三本立てられており、通常は車両が通行しない道路であり、歩行者としては、この道路を車両が通行しないであろうとの信頼があること、このような道路を通行しようとする車両には、特別な注意義務があり、特に被告は、後退しようとしているのであるから、見張り番を置くなどして万全を期すべき注意義務があること、被告が後退を開始した時点で、被告と原告との間は三三メートルの距離があり、後退を開始した時点では容易に原告の存在を把握できたこと、原告は、被告が後退を開始してからほとんど移動していないこと、などを考慮すると、原告の過失は最大五パーセントである。
3 損害
(一) 治療費
(1) 原告 六四六万七三〇六円
(2) 被告 不知
(二) 看護料
(1) 原告 四一七万三六八〇円
(2) 被告 不知
(三) 入院雑費
(1) 原告 一二五万五八〇〇円
入院八九七日 一日一四〇〇円
(2) 被告 一〇七万六四〇〇円
入院八九七日 一日一二〇〇円
(四) 入院慰謝料
(1) 原告 四五二万四〇〇〇円
(2) 被告 不知
(五) 後遺症慰謝料
(1) 原告 九三〇万円
(2) 被告 七七〇万円
(六) 将来の付添看護料
(1) 原告 二二九三万七八九九円
(2) 被告 七五四万一二二七円
(七) 将来の雑費
(1) 原告 四四一万一一三五円
(2) 被告 〇円
(八) 弁護士費用
(1) 原告 三〇〇万円
(2) 被告 争う
第三争点に対する判断
一 原告の後遺症の程度
1 証拠(甲二、一一、一二)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 平成八年二月一四日、自動車保険料率算定会は、本件事故により原告が被った後遺障害につき、右下肢・関節機能障害(第九級相当)、左下肢関節機能障害(第九級相当)、骨盤骨変形障害(第一二級五号)を認め、併合第八級相当と認定した(以下「第一回事前認定」という。)。
(二) 平成一一年一〇月五日、原告代理人は、自動車保険料率算定会に対し、第一回事前認定につき異議の申立てをした。
(三) 平成一二年三月二日、自動車保険料率算定会は、原告の後遺症につき、右股関節機能障害(第一二級七号)、右足関節機能障害(第一〇級一一号)、左股関節機能障害(第一二級七号)、左足関節機能障害(第一〇級一一号)、骨盤骨の変形障害(第一二級五号)、左下肢の短縮(第一三級九号)、右下腿神経症状(第一四級一〇号)の後遺障害を認め、結果的には、第一回事前認定と同じく、併合第八級相当と認定した。
2 以上のような後遺障害の項目については、原被告間に争いはなく、原告は、右後遺障害により著しい運動障害を残し、車椅子で移動し、入浴にも介護が必要な状態であることを理由として、少なくとも第七級の後遺障害が認定されるべきであると主張する。
しかし、後遺障害等級七級に規定する下肢に関する著しい運動障害については、「一下肢に仮関節を残」すことが必要であるし(一〇号)、後遺障害等級二級に規定する「随時介護を要するもの」については、「神経系統の機能又は精神に著しい障害」(三号)又は「胸腹部臓器の機能に著しい障害」(四号)を残すことが必要であるとされており、これを認めるに足る証拠はない。
3 以上により、原告に残った後遺障害については、自賠責保険の後遺障害等級の併合第八級相当であると認められる。
二 過失割合
(一) 被告は、本件事故態様につき以下のように主張する。
(1) 被告は、本件事故発生地点より約三三メートルのところに接近したとき、一旦被告車を停止させて、左右のサイドミラーで後方を確認したが、その時後方に見えたのは、車道右側に駐車中の車両と、その車より少し北側寄り(すなわち被告寄り)の車道左側の歩道に半分のっかった状態で、駐車中の車が一台見えただけで、その他に人影は見えなかった。そこで、被告は、時速約五キロメートル位のゆっくりとした速度でブザーを鳴らしながら発進し、左右のサイドミラーを交互に見て、後方への注意を払いながら後進を続け、約二五・六メートル位後退したときに被告車の後方部分を原告に衝突させてしまった。
(2) 原告は、本件道路の左側の歩道に半分のっかった状態で駐車中の車のやや前方当たりから車道に出て、そこから約一〇メートル位斜めに歩いて、丁度本件道路の右側に駐車中の車の側まで行ったときに後退していた被告車と衝突した。
(二) 本件事故現場は、団地内の道路であり、しかも事故当時、道路の一方の端には車両止めのパイプがあり、車両の通り抜けは出来ず、車両の往来は少なかったものであり、このような道路において、車両を後退させようとするときには、安全に配慮した十分な運転が要求されるものである。
この点、被告が右(一)(1)で主張する運転方法は、これを十分みたすものであると考えるが、被告が主張する原告の行動を前提とすれば、被告がこのような運転をしたにも関わらず、原告との衝突を避けられなかったとは考えにくいものである。
結局、被告が右(一)(1)で主張する左右のサイドミラーを見て、後方への注意をしたという点が不十分であったといえる。
(三) よって、本件における原告の過失割合としては、五パーセントを上回るものではない。
三 原告の損害額
1 治療費 六四六万七三〇六円
被告は明らかに争わず、弁論の全趣旨により相当と認める。
2 看護料 四一七万三六八〇円
前記第二の一3で認定した、本件事故により被った原告の傷害の内容、入院期間等に鑑み、入院一日当たり五〇〇〇円を超えない原告の主張額を相当と認める。
3 入院諸雑費 一一六万六一〇〇円
入院諸雑費につき、一日あたりの額につき争いがある。入院中、一般的に必要とされる日用品雑貨費、栄養補給費、文化費等の額に鑑み、一日あたり一三〇〇円が相当である。
(計算式)
1,300×897=1,166,100
4 入院慰謝料 三七八万〇〇〇〇円
前記第二の一(前提となる事実)で認定した本件事故の態様、原告が被った傷害、傷害による入院期間等の事情を考慮すると、入院慰謝料としては、三七八万円を相当と認める。
5 後遺症慰謝料 八〇〇万〇〇〇〇円
原告の後遺障害の程度、後遺障害が生活に与える不便等本件に現われた一切の事情を総合すると後遺症慰謝料としては、八〇〇万円が相当である。
6 将来の付添看護料 七五四万一二二七円
原告の後遺障害の程度、現在入居している老人ホームを退去する必要性・相当性等を考慮すると、現在入居している老人ホームの負担金月額五万二〇〇〇円の範囲で、原告の平均余命までの一九年間につき被告に賠償させるのが相当である。
(計算式)
52,000×12(か月)×12.0853(19年のライプニッツ係数)=7,541,227
7 将来の雑費 〇円
原告の請求は、将来、原告が親族に引きとられて生活をすることを前提としているが、右6で認定したように、原告の損害は、現在入居している老人ホームに引き続き居住することを前提に算定されるべきであると解されるから、この点に関する原告の請求は認められない。
8 小計 一七六一万〇九四二円
以上、認定した損害額は、合計で三一一二万八三一三円である。そして、前記第二の二2で認定した過失割合五パーセントにつき過失相殺し(二九五七万一八九七円となる。)、さらに、前記第二の一4(既払金)で認定した既払金一一九六万〇九五五円を控除すると、損害額は一七六一万〇九四二円となる。
9 弁護士費用 一七六万一〇九四円
審理の経過、認容額などの事情を総合すれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、損害額の一割である一七六万一〇九四円を相当と認める。
四 結論
以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づく損害金として、一九三七万二〇三六円及び内金一七六一万〇九四二円に対する平成五年二月一二日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 影浦直人)